聖夜がやってきます。

私はイエス・キリストのDVDをいくつか持っているのですが、昨日は『ナザレのイエス』のDVDを観ました。
この映画はイエスの両親のマリアとヨゼフの出会いからイエス・キリストが十字架にはりつけられて処刑され、復活するまでを描いた長編 (DVD2枚組)です。

ところどころで『あなたは赦された』という言葉がたくさん出てきます。イエスが人々の罪を赦していくシーンが他のDVDに比べて多いのですが、繰り返しイエスが赦していく姿を見ていて、イエスの『あなたは赦された』という言葉の中に『手放す』魔法が隠れていることがわかりました。

神に変わって人々の罪を赦していくイエス様。
イエス様によって罪を赦された人々。

イエスの映画で必ずあるシーンですが、マグダラのマリアが姦淫の罪を犯し、村人たちから石打の刑だと追いかけられてイエスの前にひざまずく場面。

イエスは村人たちにこう言います。
『あなたたちの中で罪を犯したことのない人からこの人に石を投げなさい。』
すると、誰ひとりとして石を投げられる者は居なかった。

イエスがマグダラのマリアを赦したことによって、今までマリアを罪人扱いしていた村の人々も罪を赦し、その事柄を手放していく。
するとマリアはやっと自分で自分を赦し、受け入れることができて、ありのままの自分を愛することができる。
そして、周りから罪人というレッテルを手放されたマリアは、二度と同じことはしない。

『赦す』

私の日常においても、親子、夫婦、友達、人間関係すべてにおいての課題であり、いつも付き纏う言葉です。

例えば、子供の成績や進学も、古い考え方や執着を手放し、親自らが自分を受け入れ愛することができていれば、子供は放っといても一番ふさわしい所へ自分で辿り着ける。先ずは親の意識から解放されなければならないのではないかと思うのです。

そして、赦すと同時に愛するという思いが湧き上がってくる。
愛で溢れたら、何もかもが上手くいくと思うのです。

イエス・キリストの物語はいつ観ても中々感慨深く、何故か好きです。

長編なので最後まで観れなかったのですが、クリスマスまでには見終えたいと思います。