息子の個人面談で中学校へ行った時のことです。
不登校の生徒がいるという噂を聞いていたので、先生に原因を尋ねると、意外なことを耳にしました。

それは、今『イジメ』というのは、形が変わってきていて、昔のような仲間外れもあるけれども、それだったらまだいいほうで、現代ではその子に対して何もしないのがイジメになるというのです。

休み時間、子どもたちは携帯電話を片手に相手の顔を見ずに返事をし、周りで何が起こっているのかわかっていない。教室の片隅に一人でいる子に気付かない。それに、友達と言葉を交わしたその一言が相手を傷付けて落ち込ませても、顔を見て話していないので、気づかないんだそうです。

確かに、私も息子に『今日は○○ちゃん、来てた?』と聞いても『わからない。』という答えが返ってきたことがあります。
おそらく、教室全体を見ていないのでしょう。

この時、マザーテレサのある言葉を思い出しました。
『人間にとって一番ひどい病気は誰からも必要とされていないと感じることです。』

まったくその通りで、無視されればまだ存在があるけれども意地悪もされず、まるで透明人間のような扱いをされてしまったら。
何よりも友達が一番必要な年頃に、友達と話すこともできないのなら学校に行っても意味がなく、みじめになるだけです。

担任の先生は生徒に携帯を持たせるのは、個人的には反対だと言っていました。
休み時間、もっと友達と話してほしいと。

私は、子どもたちが小さい頃からイジメについては、よく話をしてきました。
相手の気持ちを考えることをいつも忘れないように。叩いたら痛いこと、仲間外れは辛いこと、自分がされて嫌なことは相手も嫌。

でも、今のイジメにはそれだけではダメなんです。

今、大人も子どもも私さえも、依存している携帯電話。もう一度、改めて使い方を考えなければならないと思いました。